画面の向こう側

民、40歳。長男のタローは11歳、次男のジローは9歳になった。夫のタダシはIT企業に勤めている。そのせいか、彼はいつも最新のノートパソコンやスマホを惜しげもなく買っていた。月に一度仕事で東京に出かけると、しばらくして段ボール箱に入った大きなパソコンが届く、なんてことも珍しくなかった。

最近は、昔のように高価な買い物をするよりも、今ある会社支給のスマホを使い倒すことに意義を感じているようだった。それはそれで良いことなのだが、問題は、彼がスマホを肌身離さず見ていることだった。

食事中も、リビングでテレビを見ている最中も、彼の視線は常にスマホの画面に釘付けだった。きっと、仕事をしているときも、運転中も、電車の中も、待ち合わせの時も、彼はスマホをいじっているのだろう。隣に私がいても、子どもたちが話しかけても、彼の耳には届いていないようだった。


なにを探しているの?

私はいつも、心の中で思っていた。

「なんでスマホばかり見てるの?」

彼がその小さな画面の中で、一体何を探しているのか、私には全く分からなかった。仕事のメールをチェックしているのか? ニュースを読んでいるのか? それとも、ただSNSを眺めているだけなのか?

子どもたちが話しかけても、上の空で返事をする彼の姿を見るたびに、私は切ない気持ちになった。せめて、食事の時くらいはやめてほしい。 家族みんなで食卓を囲んでいる時くらい、顔を上げて、会話をしてほしい。しかし、私の願いは、彼には届かない。

ある晩、タローが「パパ、今日の宿題教えて!」とタダシに話しかけた。タダシは一瞬、顔を上げたものの、すぐにスマホの画面に目を落とし、「うん、後でね」とだけ言って、また指を動かし始めた。タローは、がっかりしたように私の方を見た。私も、何も言えなかった。

彼の指が画面の上を滑るたび、彼の心が、私や子どもたちからどんどん離れていくような気がした。私たちは、同じ空間にいるのに、まるで別の世界にいるようだった。彼の目の前には、常に光を放つ小さな画面があり、その向こう側に、彼だけの世界が広がっている。

私は、彼のスマホの画面をそっと覗き込んだことがある。だが、そこには無数の記号や数字、私には理解できない情報が並んでいるだけで、彼の心を映し出すものは何もなかった。

彼は、その画面の向こう側で、一体何を見つけようとしているのだろう。私には、その答えが永遠に見つからないような気がしていた。そして、私の心の中の「なんでスマホばかり見てるの?」という問いかけは、今日もまた、彼の耳に届くことなく、消えていくのだった。

トップスイマーたち

※この物語はフィクションであり、登場人物や団体名は架空のものです。実在の人物とは一切関係ありません。
※このブログは A8.net 日記を綴りながら出会いを見つける新感覚コミュニティー『デジカフェ』 の提供でお送りしています。


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