召命というと、とくにカトリック教会では神父になることやシスターになることを指します。少し意味を広げると、結婚して一般生活をおくることも召命に違いありません。ミサの第一朗読はたいがい旧約聖書のはずなのに、「使徒たちの宣教」が読まれていました。今回は今日のミサで神父が教えてくださったお話を伝聞調で掲載させていただきます。
神様からの答えを聞いたことないが
神様を見たことがないので、クリスチャンなのに大丈夫か?と思うこともあります(私が)。
そのときの一つの答えのようなお話を神父から今日の説教で聞きました。シェアしたいと思います。
神様に向かって、お祈りやお願いしても返事がないときがあると思います(私の場合、ほぼ毎回)。そのとき、神様は聞いてくださっているのか心配になります。その心配は無用ですよというお話しでした。
神様からの答えは3通りある
神様に向かって、お祈りやお願いしたとき、神様からの返答は3通りしかないそうです。
- わかった
- ちょっとまて
- もっといい考えがある
これ、神父が外国を訪問したとき、そこの教会でみかけた英語のポスターだったそうです。英語にしてみるとこんな感じかもしれません。
- Okay
- not yet
- I have a better idea
(本当は、どうだったかわかりません)
神父によると「とてもシンプルなポスターで、勇気をもらえた」のだそうです。
①わかったという神様からの答え
神様から「わかった」というお答えがあったら、すぐに願いはかなえられるでしょう。お答えがないけど、実現しているかもしれません。
※私の個人的意見ですが、それだったら神様が「わかった」といいやすいようなお願いやお祈りをするといいかもしれませんね。この方法は「マーケティング」の勉強をしていたとき習ったのですが、マーケティングの教科書にも載っている初級テクです。
②ちょっと待てという神様からの答え
神様から明確な返答がないかもしれませんが、しばらく待たされることもよくあります。「いつになったら、かなえていただけるのでしょうか?」のようなお祈りを追加ですることもしばしば(※私の場合です、あまり行儀がいいお祈りではないですね)。
ある日突然かなえられます。かなえられたときに思うのは「なんと、ベストなタイミング、いまだったのか」。
こういう体験もよくあります。先日の「フラワーフェスティバルで予想外の売り上げだった」記事でも書きましたが。
いまではない理由は、私以外にも世の中に困っているひとがいらっしゃって、神様も優先順位をつけたり、レスキュー隊のようにトリアージしたりされているのかもしれません。
※私の個人的意見ですが、レスキュー隊がたとえば「助かる見込みのない重傷者を後回し」にすることはあるかもしれませんが、神様はそういうことを絶対しない、と信じています。
聖霊刷新のときのこと
聖霊刷新の集会に参加していた時のことを思い出しました。ホテルの大広間でその集会があって、2泊3日ホテルに缶詰でした。
集会のあと部屋に帰って寝ていると、わたしの背中やおなかからワラジムシのようなムシが這い出してきました(夢の中での話です)。
それで「うわー」と叫びながら、どうにかそのムシを払い落とそうとしました。ムシは、私の肉を喰いやぶって、体内にもぐりこんできました。
のこり3匹をどうしてもはらいとることができません。どうにかしてほしい。そう思ったとき、神様の声が聞こえました(※何度も書きますが、夢の中のはなしです)。
「いまはそのままにしておきなさい」
私は「えぇーー?」と思ったのですが、すぐに目が覚めました。なんだ、夢だったのか、と気が付きました。
でもきっと、のこり3匹のムシはまだ、私の体の中にいるのだと思いました。そのムシが表に出てこないようにしなくてはいけない、そう思いました。
(これが、神様からのメッセージだったと信じています)
それにしても、あの3匹のムシの夢は、何を表していたのだろう……?
③もっといい考えがあるという神様からの答え
こういうのも、たまにあります。まったく別の方法で神様が問題を解決してくださることです(が、実例が浮かばないです、申し訳ございません。そのときは、神様がせっかく私を助けてくださったのに、それを忘れるなんてなんと薄情な私でしょう。なにか思い出したら追記させていただきます)。
イメージとしては「だれかと競争していて、自分が1番になれるように祈っていたけど、神様はみんなを同時にゴールインさせてくださった」のような出来事です(まだ、実例が浮かばない……、ごめんなさい)。
ところで、これら3通りの神様からの答え以外は、ないのだそうです。たとえば、
「ダメ」という神様からの答えはありえない
「ダメ」とか「なにやっているんだ」とか「もっとまじめにやれ」とか、神様からいわれることはないのだそうです。安心しますね。
神様が悪を行うこともありません。神様はどの角度から見ても良い神様だからです。
神様からの声を聴いたことがない
とはいえ、神様からの声を実際に聞いたことはない、ですよね。私のムシの話も「それはただのゆめでしょう?」といわれれば、そうにちがいないです。
ひょっとしたら、同じような不思議な体験を皆さんもなさっているのではないでしょうか?不思議な体験すぎて、「あれは目の錯覚だったかも」「ねぼけていただけかも」と、思っていらっしゃる?
そのような体験を集めてみたら「神様は、ぜったいにいらっしゃる」という証拠になるかもしれませんよ。ぜひ、コメントで教えてください。
ちなみに私は、突然涙があふれることがあり、それは聖霊の揺さぶりだと信じています(決して、涙もろくなったからではなく)。
召命の日、神父からのメッセージ
私たちの祈りに対する神様の答えは、「オッケー」と「ちょっと待て」「もっといい考えがある」の3通りだけなのだそうです。神様にお祈りして否定されることも逆に非難されることもありません。
そんな神様に甘えて、寄り添っていくだけで、人生を楽しくすごすことができるそうですよ、すばらしいことですね。