自己紹介

1964年10月23日、私はこの世に生を受けました。旧姓は山本。私の名前「民子」は、母が愛読していたという伊藤左千夫の小説『野菊の墓』の主人公から名付けられたと聞いています。はかなくも芯の強い民子の名に、私もまた、ひそかな願いを込めて生きてきたように思います。

高校の卒業式を終えたばかりの私は、友人たちと胸いっぱいの期待を抱いて東京へと旅立ちました。新しい生活への憧れと、未来への漠然とした希望を抱いていた、まさに青春の真っただ中でした。

20歳を迎える頃、私はアムウェイと出会います。「自由、家族、希望、そして報われること」。その理念は、若かった私の心に強く響きました。当時の私は、ただただアップラインについていくだけで精一杯。むしろ、ついても行けていなかったかもしれません。周りには、アムウェイで信じられないほど成功を収めている人もいましたが、当時の私は、なんだか今一つやる気が起きませんでした。それでも、製品の良さは実感していたので、愛用者として関わりは持ち続けました。その理念が、私にとっての理想像として心のどこかに深く刻まれたのは確かです。

しかし、結婚して何年も経つうちに、アムウェイの掲げる崇高な理念とはかけ離れた私生活を送っている自分たちに気づかされました。理想と現実のギャップに戸惑い、時には苦しむこともありました。かつて胸に抱いた「自由」や「希望」は、日々の生活の中でどこか遠くへ霞んでしまったように感じられたのです。

人生は、思い通りにならないことばかりだと痛感する日々でした。それでも、私は立ち止まることなく歩み続けてきました。いや、時には立ち止まり、自分自身と深く向き合う時間も必要だったと思います。そして、60歳を迎えた今、私は新たな自分を見つけたいと強く願っています。過去の経験がすべて無駄だったとは思いません。むしろ、それは私を形作る大切な一部であり、これからの人生を豊かにするための糧となるはずです。

この自己紹介文を通して、私のこれまでの道のりを知っていただけたら幸いです。そして、これから出会う皆様との新しいご縁を心より楽しみにしています。


※この物語はフィクションであり、登場人物や団体名は架空のものです。実在の人物とは一切関係ありません。
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