消えた余裕

民、54歳。長男のタローは25歳、次男のジローは23歳になった。二人とももう社会人だが、家計を預かる私の頭の中は、常に数字と不安でいっぱいだった。その不安の根源は、他でもない、夫のタダシの金銭感覚にあった。

タダシの趣味は、彼のIT企業勤務という仕事柄、パソコンだった。それも、最新機種をよく買う。年に一度は新しいパソコンを買っていた。「仕事でも使っているパソコンが役に立たなくなってきたから新しいのを買う」と、一応は私の許可を取ることもあった。だが、そうして買ったパソコンも、一年も経てば「役に立たなくなった」と言って買い替えになるのだ。

彼の「仕事のため」という言葉の裏で、着々と家計を圧迫していくパソコン代。もっと稼いでほしいと思うのは、当たり前ではないか。私は、心の中でいつもそう叫び、イライラを募らせていた。

そんなある日、長年使い続けた洗濯機が壊れてしまった。脱水ができなくなったのだ。毎日二回は回す洗濯機がないと、生活が成り立たない。私はすぐにタダシに「洗濯機が壊れたから買ってきてほしい」と頼んだ。すると彼は、当たり前のように「2週間後に秋葉原行くけど、その時でいいか?」と聞いてきた。二週間も待てるわけがない。私は呆れて、言葉も出なかった。

その三日後、今度は冷蔵庫が冷えなくなった。立て続けの家電の故障に、私は途方に暮れた。「冷蔵庫も買ってほしい」そう告げると、タダシは明らかに不満そうな顔をした。まるで、私が贅沢を言っているとでも言いたげな表情だ。


「そんなに嫌ならもっと稼げ」

洗濯機も冷蔵庫も壊れたのは、私が悪いわけじゃない。使っているのは私かもしれないけれど、中身はすべて家族のための機械だ。家族の生活を支えるための必需品なのだ。

彼は、渋々ながらも、なるべく安い洗濯機と冷蔵庫を買ってきたようだ。しかし、現金では購入できなかったようで、カード払いとなった。その引き落としが行われた月の翌日、私は思い切って彼に言った。

「今月はお金ないから、これ以上カードを使わないでほしい」

私の言葉に、彼は怒っていた。 彼の顔はみるみるうちにこわばり、沈黙が部屋に満ちた。私はその時、心の中で叫んだ。「そんなに嫌なら、もっと稼いでほしい」と。

彼が新しいパソコンを買うことには寛容で、自分の趣味には惜しみなく金を使う。しかし、家族の生活に必要不可欠な家電が壊れた時、彼は渋面を作る。この矛盾に、私は深く失望した。

彼は、自分のストレスや欲望を優先し、家族の現実的な苦境には目を向けようとしない。私のイライラも、不安も、彼には届かないのだろう。いや、届いていたとしても、彼はそれを受け止めようとはしないのだろう。

私は、この終わりの見えない経済的な不安と、彼への不満を抱えながら、これからも家計を守り続けるのだろう。彼の「仕事のため」という名目の浪費と、私の「家族のため」という切実な願いは、永遠に交わることがないように思えた。

パソコンが生活のすべてになっているようだった

※この物語はフィクションであり、登場人物や団体名は架空のものです。実在の人物とは一切関係ありません。
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