見えない疲労
たみ、47歳。長男のタローは18歳、次男のジローは16歳になった。彼らが生まれるずっと前のこと、私が19歳の頃の記憶が、時折、鮮明によみがえる。あの頃、私は養護施設で住み込みの寮母をしていた。幼い命と日々向き合う仕事は、体力も精神力も激しく消耗させた。そして、その無理がたたり、私は体を壊した。
精密検査の結果は、内臓に腫瘍があるというものだった。幸い良性で、手術で取り除けば問題ないとのことだったが、その時の衝撃は忘れられない。これを機に、私はできるだけ早く仕事を辞めようと心に決めた。体は、もう限界だった。
そんな矢先、タダシと結婚することが決まった。新婚旅行先も、二人の思い出の場所になるはずだったハワイに決まった。しかし、結局私たちは新婚旅行には行けなかった。 体がボロボロで、とても飛行機に乗れる状態ではなかったからだ。彼の心遣いはありがたかったが、それでも、どこか釈然としない気持ちが残った。
タダシには、ストイックなところがある。自分に厳しいのはもちろんのこと、その厳しさは周囲の人にも向けられる。彼の家庭が貧しかったから、人一倍努力しなければならなかったのだろう。彼は生来の負けず嫌いで、何においても「一番」に執着する。そのあまりの熱意と頑張りに、周りの人がついてこれずに疲弊していても、彼はそれに気づけないようだった。
「疲れてるのに気づいてくれない」
結婚してからの20年近く、その傾向は変わらなかった。私は、常にタダシの基準に合わせて走り続けているような感覚だった。家事も育児も、完璧を求められる。少しでも手を抜けば、彼の冷たい視線を感じた。
タローが受験生になった今、彼の教育熱心さはさらに加速している。毎晩遅くまでタローの勉強を見てやり、休日は模試や塾の送迎に追われている。傍から見れば、熱心な父親に見えるだろう。だが、その裏で、私は誰にも言えない疲労を抱え込んでいた。
ある日、風邪をこじらせて熱を出して寝込んでいた私に、タダシは「大丈夫か?」と声をかけてくれた。その言葉は優しかったが、彼は私が本当にどれだけしんどいのか、全く理解していないようだった。食事も、洗濯も、いつも通りに私がこなすことを当然だと思っている。彼は、私が無理をしていることに、気づいてくれない。
「もう少し休んでいたらどうだ?」とか、「今日は俺が家事をやろうか?」という言葉は、彼の口からは決して聞かれない。彼の中には、「疲れたら休む」という選択肢がないのかもしれない。だから、私にも、その選択肢を与えようとしない。
あの19歳の頃の体調不良は、私の心に深く刻まれている。あの時のように、再び体を壊してしまうのではないかという不安が、常にある。けれど、彼はそんな私の過去も、今の私の見えない疲労も、何もかも見ようとしない。
今日もまた、私は重い体を引きずりながら、日常をこなす。タダシは、自分の目標に向かってひたすら前進している。その背中を見つめながら、私は静かに、自分自身の心と体の声に耳を傾けていた。

※この物語はフィクションであり、登場人物や団体名は架空のものです。実在の人物とは一切関係ありません。
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