終わらない甘え
民、53歳。長男のタローは24歳、次男のジローは22歳になった。子どもたちはもう成人し、それぞれの生活を送っているが、夫のタダシとの関係は、昔から何も変わっていなかった。いや、むしろ、彼の甘えは、歳を重ねるごとに増しているように感じられた。
食事がもうすぐ出来上がるというタイミングで、「今日はレストランへみんなで行こうか」と、突然言い出す。あるいは、天気予報をちらっと見ただけで、「明日はみんなで遠足に行こう」と提案する。準備するのはすべて私なのに。食材の買い出しから、お弁当の用意、持ち物の確認まで、すべて私がやるのだ。そんな彼の言葉に、何度「冗談でしょう?」と言い返したくなったことか。
ある日、タダシが転勤になったと、事後報告を受けたこともある。**「来月から地方都市になった、しかも2週間後だ」**と、こともなげに告げられた。賃貸マンション住まいなのをいいことに、「もうそろそろ引っ越ししないか?」と、突然言い出すこともあった。子どもたちは転校することを嫌がっているのに、彼の頭の中には、そうした家族の都合は存在しないようだった。
「安物買いの銭失い」と「幼稚な考え」
そして、何より私を苛立たせたのは、彼の金銭感覚だった。彼は財布を持って出かけることがほとんどない。だから、車を運転するのも必然的に私だし、外食になれば、全額私が払うことになる。家計が苦しいこともよく分かっていたから、夫の稼ぎだからといっても、私の心が痛まないわけではない。
それなのに、彼は突然、こんなことを言い出すのだ。
「薄型テレビの32インチ画面が3万円で買えるんだって!安いね!」
あるいは、当時ポケベルが全盛期だった頃、出たばかりのPHS電話を指さして、「月額料金が7千円なんだけど、契約したから」と、これまた事後報告。
シティバンク銀行が日本にやってきた時もそうだ。ドルを買ったり円を買い戻したりしながら、今でいう短期取引で儲けようとしていた。だが、結果は散々。最低預金高の10万円を割り込んで取引手数料まで取られるようになり、結局解約する羽目になった。
彼は、物事を知っているようで、その考え方が根本的に幼稚なのだ。目先の安さや、新しいものへの興味だけで飛びつき、その先に続く維持費や、継続することの難しさには、まるで気づかない。
「ずっと続けることがどれだけ大変なことなのか、そのうち気が付くのだろうか」
私は、心の中で何度もそう呟いた。彼が、この先もずっと、私に甘え続け、現実から目を背け続けるのだろうか。夫婦喧嘩というよりも、私の一方的な不満の蓄積。もう、何を言っても変わらないと、諦めにも似た感情が、私の心を支配している。それでも、私は今日もまた、この終わらない甘えと、幼稚な考えの夫と、共に暮らしている。

※この物語はフィクションであり、登場人物や団体名は架空のものです。実在の人物とは一切関係ありません。
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