無音の問いかけ
民、51歳。長男のタローは22歳、次男のジローは20歳になった。子どもたちはそれぞれの生活を送り、家の中は以前にも増して静かになった。その静けさの中で、私の心には、ずっと喉の奥に引っかかったままの小骨のような思いが横たわっている。それは、「私の気持ちを理解してほしい」という、切なる願いだ。
夫のタダシは、昔から無断外泊が多かった。仕事の時もあったのかもしれない。けれど、家で彼の帰りを待つ私の気持ちを、少しは分かってほしかった。私たちは賃貸マンションに住んでいて、玄関の外は公道と同じ。隣近所にどんな人が住んでいるのかも分からない場所に、私たちは暮らしていた。夜遅くまで、いつまで経っても彼が帰ってこず、連絡もないと、玄関にチェーンをかけることさえできない。防犯上の不安も、もちろんあった。
それだけならまだいい。本当に仕事で遅くなっているのか? 仕事で徹夜しているのか? 仕事で出張に行っているのか? まったく分からないのだ。 彼は何も言わない。私が聞いても、曖昧な返事しか返ってこない。
休日に登山に行く時もそうだ。彼は「山へ行く」とだけ言い残し、早朝に出ていく。どこの山にいるのか? なぜ教えてくれないのだろう。いつも疑問だった。何か隠していることがあるのではないか、そうも考えてしまう。
見つかった「それらしい形跡」
一番考えたくないことは、浮気や不倫をしているのではないかということだ。このことは、あまりにも恥ずかしくて、これまで誰にも話せなかった。けれど、今、勇気を振り絞って書くとすれば、決定的証拠ではないけれど、それらしい形跡を彼の持ち物の中から見つけてしまったことがある。
それは、彼のワイシャツのポケットから見つけた、小さなレシートだった。日付は、彼が無断外泊した日。場所は、私たちの家から遠く離れた、見知らぬホテルの名前。そして、二名分の朝食代が記載されていた。他にも、彼の財布から見慣れない店のポイントカードが出てきたこともある。
私は、それらを見つけるたびに、胸が締め付けられるような痛みを感じた。彼の無言の行動、隠された情報。それらが積み重なって、私の中に深い不信感を植え付けていった。
彼は、私の不安に気づいているのだろうか。私が夜中に一人、彼の帰りを待ちわびていたこと。彼の言葉足らずな行動に、どれだけ心がざわめいていたか。彼に、私の気持ちを理解してほしい。 ただそれだけなのだ。
けれど、彼は今日もまた、何も言わずに自分のペースで生活している。私の心の中の叫びは、彼には届いていない。きっと、これからも届くことはないのだろう。私は、窓の外の暗闇を見つめながら、無音の問いかけを繰り返していた。

※この物語はフィクションであり、登場人物や団体名は架空のものです。実在の人物とは一切関係ありません。
※このブログは 電話占い【ココナラ】 もう、一人で悩まないで