夢の国の渋滞

たみ、46歳。長男のタローは17歳、次男のジローは15歳になった。今からもうずいぶん前のことだ。まだタローが幼く、ジローがその後に生まれたばかりの頃、私たちは家族でディズニーランドへ向かった。

東京都小金井市の賃貸マンションから、首都高を経由して舞浜へ。日曜日の日帰りということもあり、高速道路は見事な渋滞に見舞われた。カーナビもない時代。慣れない道を、タダシは地図を片手に、眉間にしわを寄せながら運転していた。私も横で、子どもたちの相手をしながら、少しでも早く目的地に着くことを願っていた。

昼前になってようやく到着したディズニーランドは、まさに「夢の国」だった。色とりどりの建物、楽しそうな音楽、そして溢れかえる人々の笑顔。タローとジローは、その光景に目を輝かせ、早くも興奮を隠せない様子だった。

私たちは、いくつかのアトラクションを体験した。小さな子どもたちがいるため、ジェットコースターのような激しいアトラクションは諦めざるを得なかったが、それでも、メリーゴーランドやイッツ・ア・スモールワールドなど、子どもたちが楽しめるものを中心に回った。タローは初めて見るキャラクターに大喜びし、ジローはベビーカーの中で時折声を上げていた。


高い食事と夫の不機嫌

昼食の時間になると、私たちはレストランの料金を見て驚いた。どれもこれも、普段の食費を考えると高すぎる。そこで、持参したおにぎりを食べることにした。広々とした芝生の上にシートを敷き、青空の下で食べるおにぎりは、どこか遠足のようで、子どもたちは楽しそうに頬張っていた。私も、これが一番賢い選択だと自分に言い聞かせた。

夕方、幻想的なパレードを見た後、私たちは帰路についた。一日中歩き回り、アトラクションに並び、子どもたちの相手をした私は、さすがに疲労困憊だった。お土産も、予算の都合であまり買うことはできなかった。

車に乗り込むと、運転席のタダシは、口数が少なかった。一日中運転をして、渋滞にも巻き込まれ、おそらく彼も疲れていたのだろう。表情には、明らかに不機嫌そうな色が浮かんでいた。その様子を見て、私は何も言えなかった。せっかくの家族旅行なのだから、もう少し楽しそうな顔をしてほしかったけれど、彼にこれ以上負担をかけるわけにはいかないと思った。

その後、彼から「もうディズニーランドはいい」という言葉を聞いたわけではないが、それ以来、私たちは一度もディズニーランドへは行っていない。あの日の、渋滞と、高い食事と、そして彼の不機嫌な横顔が、私の心に深く残っている。夢の国のはずが、どこか現実の厳しさを突きつけられたような、そんな家族旅行だった。

私の気持ちを理解してほしい

※この物語はフィクションであり、登場人物や団体名は架空のものです。実在の人物とは一切関係ありません。
※このブログは 電話占い【ココナラ】 もう、一人で悩まないで の提供でお送りしています。



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