聞かれなかった言葉

民、56歳。長男のタローは27歳、次男のジローは25歳になった。子どもたちはもう完全に親の手を離れ、それぞれの人生を歩んでいる。静かになった家の中で、私は時折、過去の出来事を反芻する。特に、夫のタダシに私の愚痴を聞いてもらえなかった日々は、今でも鮮明な記憶として残っている。

私が夫に相談したことは、数えきれないほどある。だが、夫が私に相談したことは、ほとんどない。私が一方的に話すばかりで、彼の口から悩みや不安を聞くことは、結婚生活を通じて皆無に近かった。

私の相談といえば、例えば、子どもが学校でいじめられた時のことだ。私はタダシにそのことを話したが、彼はすぐに小学校の職員室へ乗り込んで文句を言ったらしい。学校側は、さぞモンスターペアレントが来たと思ったことだろう。後日、タローの報告によれば、事態は良い方向には解決しなかったようだった。私が求めていたのは、彼の激しい行動ではなかった。ただ、私の不安な気持ちに寄り添って、一緒に考えてほしかっただけなのだ。

父の病気がひどくなった時も、彼に相談したことがある。彼は色々と調べてくれたのだろう。だが、医者でもないのに、父の病気の原因や今後どういうことが起こるか、専門家のような口調で並べ立てた。私が知りたかったのは、そんなことじゃない。ただ、「こんなつらい状況を、私一人で抱え込んでいるんだよ」と、彼に知っていてほしかっただけなのだ。私の心の中の叫びを、そのまま受け止めてほしかった。しかし、彼は、私の愚痴を聞くことには、まるで興味がないようだった。その時、私は思った。彼には、もう私の愚痴を話すことはないだろう、と。


新しい場所での孤独

地方都市への引っ越し直後、私は産後うつ、あるいは子育てうつになってしまった。私自身、兄弟の子供たちの面倒を見てきた経験から、子育てには自信があったはずだった。だが、慣れない土地での生活、知り合いもいない孤独、そして子育ての重圧に、何もかもが嫌になってしまった。朝、目が覚めるのが億劫で、一日中、体も心も重かった。

そんな状況を、夫には相談できなかった。彼は、私の「弱音」を受け止めることができないだろう、と思ったからだ。彼のストイックな性格を知っていたからこそ、彼に言えば、きっと「そんなことで?」と、私の苦しみを一蹴するに違いないと感じていた。

だから、私は別の場所で救いを求めた。引っ越し先で新しくできた友達、子どもたちのスイミングスクールで一緒になったママ友たちに、私は自身の状況を打ち明けた。彼女たちは、私の話にじっと耳を傾け、共感してくれた。たわいもない会話の中で、私は少しずつ、心の重荷を下ろすことができた。

夫に理解してもらえない孤独は、私の中に深い溝を作った。彼は、私の一番近くにいるはずなのに、私の心には一番遠い存在だった。そして、私は、彼のいない場所で、私の心を守る方法を見つけるしかなかったのだ。

大きなネコに慣れれば小さな猫なんかへっちゃらなはず

※この物語はフィクションであり、登場人物や団体名は架空のものです。実在の人物とは一切関係ありません。
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